った。こんな寒い晩に登ったのは始めてなんだから、岩の上へ坐って少し落ち着くと、あたりの淋《さみ》しさが次第次第に腹の底へ沁《し》み渡る。こう云う場合に人の心を乱すものはただ怖《こわ》いと云う感じばかりだから、この感じさえ引き抜くと、余るところは皎々冽々《こうこうれつれつ》たる空霊の気だけになる。二十分ほど茫然《ぼうぜん》としているうちに何だか水晶で造った御殿のなかに、たった一人住んでるような気になった。しかもその一人住んでる僕のからだが――いやからだばかりじゃない、心も魂もことごとく寒天か何かで製造されたごとく、不思議に透《す》き徹《とお》ってしまって、自分が水晶の御殿の中にいるのだか、自分の腹の中に水晶の御殿があるのだか、わからなくなって来た……」
「飛んだ事になって来たね」と迷亭君が真面目にからかうあとに付いて、独仙君が「面白い境界《きょうがい》だ」と少しく感心したようすに見えた。
「もしこの状態が長くつづいたら、私はあすの朝まで、せっかくのヴァイオリンも弾かずに、茫《ぼん》やり一枚岩の上に坐ってたかも知れないです……」
「狐でもいる所かい」と東風君がきいた。
「こう云う具合で、自
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