「ちょっと待った。音さえ出なけりゃと云うが、音が出なくても隠《かく》し了《おお》せないのがあるよ。昔《むか》し僕等が小石川の御寺で自炊をしている時分に鈴木の藤《とう》さんと云う人がいてね、この藤さんが大変|味淋《みりん》がすきで、ビールの徳利《とっくり》へ味淋を買って来ては一人で楽しみに飲んでいたのさ。ある日|藤《とう》さんが散歩に出たあとで、よせばいいのに苦沙弥君がちょっと盗んで飲んだところが……」
「おれが鈴木の味淋などをのむものか、飲んだのは君だぜ」と主人は突然大きな声を出した。
「おや本を読んでるから大丈夫かと思ったら、やはり聞いてるね。油断の出来ない男だ。耳も八丁、目も八丁とは君の事だ。なるほど云われて見ると僕も飲んだ。僕も飲んだには相違ないが、発覚したのは君の方だよ。――両君まあ聞きたまえ。苦沙弥先生元来酒は飲めないのだよ。ところを人の味淋だと思って一生懸命に飲んだものだから、さあ大変、顔中|真赤《まっか》にはれ上ってね。いやもう二目《ふため》とは見られないありさまさ……」
「黙っていろ。羅甸語《ラテンご》も読めない癖に」
「ハハハハ、それで藤《とう》さんが帰って来てビー
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