る。のみならず彼はせっかくこの問題を提供して自己の思索力に訴えながら、ついに何等の結論に達せずしてやめてしまった。何事によらず彼は徹底的に考える脳力のない男である。彼の結論の茫漠《ぼうばく》として、彼の鼻孔から迸出《ほうしゅつ》する朝日の煙のごとく、捕捉《ほそく》しがたきは、彼の議論における唯一の特色として記憶すべき事実である。
 吾輩は猫である。猫の癖にどうして主人の心中をかく精密に記述し得るかと疑うものがあるかも知れんが、このくらいな事は猫にとって何でもない。吾輩はこれで読心術を心得ている。いつ心得たなんて、そんな余計な事は聞かんでもいい。ともかくも心得ている。人間の膝《ひざ》の上へ乗って眠っているうちに、吾輩は吾輩の柔かな毛衣《けごろも》をそっと人間の腹にこすり付ける。すると一道の電気が起って彼の腹の中のいきさつが手にとるように吾輩の心眼に映ずる。せんだってなどは主人がやさしく吾輩の頭を撫《な》で廻しながら、突然この猫の皮を剥《は》いでちゃんちゃん[#「ちゃんちゃん」に傍点]にしたらさぞあたたかでよかろうと飛んでもない了見《りょうけん》をむらむらと起したのを即座に気取《けど》って
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