覚えずひやっとした事さえある。怖《こわ》い事だ。当夜主人の頭のなかに起った以上の思想もそんな訳合《わけあい》で幸《さいわい》にも諸君にご報道する事が出来るように相成ったのは吾輩の大《おおい》に栄誉とするところである。但《ただ》し主人は「何が何だか分らなくなった」まで考えてそのあとはぐうぐう寝てしまったのである、あすになれば何をどこまで考えたかまるで忘れてしまうに違ない。向後《こうご》もし主人が気狂《きちがい》について考える事があるとすれば、もう一|返《ぺん》出直して頭から考え始めなければならぬ。そうすると果してこんな径路《けいろ》を取って、こんな風に「何が何だか分らなくなる」かどうだか保証出来ない。しかし何返考え直しても、何条《なんじょう》の径路をとって進もうとも、ついに「何が何だか分らなくなる」だけはたしかである。
十
「あなた、もう七時ですよ」と襖越《ふすまご》しに細君が声を掛けた。主人は眼がさめているのだか、寝ているのだか、向うむきになったぎり返事もしない。返事をしないのはこの男の癖である。ぜひ何とか口を切らなければならない時はうん[#「うん」に傍点]と云《い
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