Nはああ云う好人物だから、全くだと思って安心してぐうぐう寝てしまったのさ。あくる日起きて見ると膏薬の下から糸屑《いとくず》がぶらさがって例の山羊髯《やぎひげ》に引っかかっていたのは滑稽《こっけい》だったよ」
「しかしあの時分より大分《だいぶ》えらく[#「えらく」に傍点]なったようだよ」
「君近頃逢ったのかい」
「一週間ばかり前に来て、長い間話しをして行った」
「どうりで独仙流の消極説を振り舞わすと思った」
「実はその時|大《おおい》に感心してしまったから、僕も大に奮発して修養をやろうと思ってるところなんだ」
「奮発は結構だがね。あんまり人の云う事を真《ま》に受けると馬鹿を見るぜ。一体君は人の言う事を何でもかでも正直に受けるからいけない。独仙も口だけは立派なものだがね、いざとなると御互と同じものだよ。君九年前の大地震を知ってるだろう。あの時寄宿の二階から飛び降りて怪我をしたものは独仙君だけなんだからな」
「あれには当人|大分《だいぶ》説があるようじゃないか」
「そうさ、当人に云わせるとすこぶるありがたいものさ。禅の機鋒《きほう》は峻峭《しゅんしょう》なもので、いわゆる石火《せっか》の機《
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