苻ヤ《わがまま》を尽くされては持主の迷惑はさこそと思いやられる、主人もここに鑑《かんが》みるところあって近頃は大《おおい》に訓練を与えて、出来る限り系統的に按排《あんばい》するように尽力している。その熱心の功果《こうか》は空《むな》しからずして昨今ようやく歩調が少しととのうようになって来た。今までは髯が生《は》えておったのであるが、この頃は髯を生やしているのだと自慢するくらいになった。熱心は成効の度に応じて鼓舞《こぶ》せられるものであるから、吾が髯の前途有望なりと見てとって主人は朝な夕な、手がすいておれば必ず髯《ひげ》に向って鞭撻《べんたつ》を加える。彼のアムビションは独逸《ドイツ》皇帝陛下のように、向上の念の熾《さかん》な髯を蓄《たくわ》えるにある。それだから毛孔《けあな》が横向であろうとも、下向であろうとも聊《いささ》か頓着なく十把一《じっぱひ》とからげに握《にぎ》っては、上の方へ引っ張り上げる。髯もさぞかし難儀であろう、所有主たる主人すら時々は痛い事もある。がそこが訓練である。否《いや》でも応でもさかに扱《こ》き上げる。門外漢から見ると気の知れない道楽のようであるが、当局者だけは
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