ゥまたは主人が風呂場から持って来たに相違ない。持って来たとすれば何のために持って来たのだろう。あるいは例の消極的修養に必要な道具かも知れない。昔《むか》し或る学者が何とかいう智識を訪《と》うたら、和尚《おしょう》両肌を抜いで甎《かわら》を磨《ま》しておられた。何をこしらえなさると質問をしたら、なにさ今鏡を造ろうと思うて一生懸命にやっておるところじゃと答えた。そこで学者は驚ろいて、なんぼ名僧でも甎を磨して鏡とする事は出来まいと云うたら、和尚からからと笑いながらそうか、それじゃやめよ、いくら書物を読んでも道はわからぬのもそんなものじゃろと罵《ののし》ったと云うから、主人もそんな事を聞き噛《かじ》って風呂場から鏡でも持って来て、したり顔に振り廻しているのかも知れない。大分《だいぶ》物騒になって来たなと、そっと窺《うかが》っている。
 かくとも知らぬ主人ははなはだ熱心なる容子《ようす》をもって一張来《いっちょうらい》の鏡を見つめている。元来鏡というものは気味の悪いものである。深夜|蝋燭《ろうそく》を立てて、広い部屋のなかで一人鏡を覗《のぞ》き込むにはよほどの勇気がいるそうだ。吾輩などは始めて当
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