ハうちは玉のような男子であったと云っている。浅草の観音様《かんのんさま》で西洋人が振り反《かえ》って見たくらい奇麗だったなどと自慢する事さえある。なるほどそうかも知れない。ただ誰も保証人のいないのが残念である。
 いくら功徳になっても訓戒になっても、きたない者はやっぱりきたないものだから、物心《ものごころ》がついて以来と云うもの主人は大《おおい》にあばた[#「あばた」に傍点]について心配し出して、あらゆる手段を尽してこの醜態を揉《も》み潰《つぶ》そうとした。ところが宗伯老のかご[#「かご」に傍点]と違って、いやになったからと云うてそう急に打ちやられるものではない。今だに歴然と残っている。この歴然が多少気にかかると見えて、主人は往来をあるく度毎にあばた[#「あばた」に傍点]面《づら》を勘定してあるくそうだ。今日何人あばた[#「あばた」に傍点]に出逢って、その主《ぬし》は男か女か、その場所は小川町の勧工場《かんこうば》であるか、上野の公園であるか、ことごとく彼の日記につけ込んである。彼はあばた[#「あばた」に傍点]に関する智識においては決して誰にも譲るまいと確信している。せんだってある洋行
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