ソ法の名医があったが、この老人が病家を見舞うときには必ずかご[#「かご」に傍点]に乗ってそろりそろりと参られたそうだ。ところが宗伯老が亡くなられてその養子の代になったら、かご[#「かご」に傍点]がたちまち人力車に変じた。だから養子が死んでそのまた養子が跡を続《つ》いだら葛根湯《かっこんとう》がアンチピリンに化けるかも知れない。かご[#「かご」に傍点]に乗って東京市中を練りあるくのは宗伯老の当時ですらあまり見っともいいものでは無かった。こんな真似をして澄《すま》していたものは旧弊な亡者《もうじゃ》と、汽車へ積み込まれる豚と、宗伯老とのみであった。
 主人のあばた[#「あばた」に傍点]もその振わざる事においては宗伯老のかご[#「かご」に傍点]と一般で、はたから見ると気の毒なくらいだが、漢法医にも劣らざる頑固《がんこ》な主人は依然として孤城落日のあばた[#「あばた」に傍点]を天下に曝露《ばくろ》しつつ毎日登校してリードルを教えている。
 かくのごとき前世紀の紀念を満面に刻《こく》して教壇に立つ彼は、その生徒に対して授業以外に大《だい》なる訓戒を垂れつつあるに相違ない。彼は「猿が手を持つ」を反
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