チてはならんのである。……」
主人は耳を傾けて、この講話を謹聴していたが、ここに至ってにやりと笑った。ちょっとこのにやり[#「にやり」に傍点]の意味を説明する必要がある。皮肉家がこれをよんだらこのにやり[#「にやり」に傍点]の裏《うち》には冷評的分子が交っていると思うだろう。しかし主人は決して、そんな人の悪い男ではない。悪いと云うよりそんなに智慧《ちえ》の発達した男ではない。主人はなぜ笑ったかと云うと全く嬉しくって笑ったのである。倫理の教師たる者がかように痛切なる訓戒を与えるからはこの後《のち》は永久ダムダム弾の乱射を免《まぬ》がれるに相違ない。当分のうち頭も禿げずにすむ、逆上は一時に直らんでも時機さえくれば漸次《ぜんじ》回復するだろう、濡《ぬ》れ手拭《てぬぐい》を頂いて、炬燵《こたつ》にあたらなくとも、樹下石上を宿《やど》としなくとも大丈夫だろうと鑑定したから、にやにやと笑ったのである。借金は必ず返す者と二十世紀の今日《こんにち》にもやはり正直に考えるほどの主人がこの講話を真面目に聞くのは当然であろう。
やがて時間が来たと見えて、講話はぱたりとやんだ。他の教室の課業も皆一度に終っ
前へ
次へ
全750ページ中464ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング