ナもこの公徳を重んぜぬ者はない。悲しいかな、我が日本に在《あ》っては、未《ま》だこの点において外国と拮抗《きっこう》する事が出来んのである。で公徳と申すと何か新しく外国から輸入して来たように考える諸君もあるかも知れんが、そう思うのは大《だい》なる誤りで、昔人《せきじん》も夫子《ふうし》の道一《みちいつ》以《もっ》て之《これ》を貫《つらぬ》く、忠恕《ちゅうじょ》のみ矣《い》と云われた事がある。この恕《じょ》と申すのが取りも直さず公徳の出所《しゅっしょ》である。私も人間であるから時には大きな声をして歌などうたって見たくなる事がある。しかし私が勉強している時に隣室のものなどが放歌するのを聴くと、どうしても書物の読めぬのが私の性分である。であるからして自分が唐詩選《とうしせん》でも高声《こうせい》に吟じたら気分が晴々《せいせい》してよかろうと思う時ですら、もし自分のように迷惑がる人が隣家に住んでおって、知らず知らずその人の邪魔をするような事があってはすまんと思うて、そう云う時はいつでも控《ひか》えるのである。こう云う訳だから諸君もなるべく公徳を守って、いやしくも人の妨害になると思う事は決してや
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