V井まで一面の湯気が立て籠《こ》める。かの化物の犇《ひしめ》く様《さま》がその間から朦朧《もうろう》と見える。熱い熱いと云う声が吾輩の耳を貫《つら》ぬいて左右へ抜けるように頭の中で乱れ合う。その声には黄なのも、青いのも、赤いのも、黒いのもあるが互に畳《かさ》なりかかって一種名状すべからざる音響を浴場内に漲《みなぎ》らす。ただ混雑と迷乱とを形容するに適した声と云うのみで、ほかには何の役にも立たない声である。吾輩は茫然《ぼうぜん》としてこの光景に魅入《みい》られたばかり立ちすくんでいた。やがてわーわーと云う声が混乱の極度に達して、これよりはもう一歩も進めぬと云う点まで張り詰められた時、突然無茶苦茶に押し寄せ押し返している群《むれ》の中から一大長漢がぬっと立ち上がった。彼の身《み》の丈《たけ》を見ると他《ほか》の先生方よりはたしかに三寸くらいは高い。のみならず顔から髯《ひげ》が生《は》えているのか髯の中に顔が同居しているのか分らない赤つらを反《そ》り返して、日盛りに破《わ》れ鐘《がね》をつくような声を出して「うめろうめろ、熱い熱い」と叫ぶ。この声とこの顔ばかりは、かの紛々《ふんぷん》と縺《も
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