ある。もし人間の本性《ほんせい》が平等に安んずるものならば、よろしくこの赤裸のままで生長してしかるべきだろう。しかるに赤裸の一人が云うにはこう誰も彼も同じでは勉強する甲斐《かい》がない。骨を折った結果が見えぬ。どうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだと云うところが目につくようにしたい。それについては何か人が見てあっと魂消《たまげ》る物をからだにつけて見たい。何か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股《さるまた》を発明してすぐさまこれを穿《は》いて、どうだ恐れ入ったろうと威張ってそこいらを歩いた。これが今日《こんにち》の車夫の先祖である。単簡《たんかん》なる猿股を発明するのに十年の長日月を費《つい》やしたのはいささか異《い》な感もあるが、それは今日から古代に溯《さかのぼ》って身を蒙昧《もうまい》の世界に置いて断定した結論と云うもので、その当時にこれくらいな大発明はなかったのである。デカルトは「余は思考す、故に余は存在す」という三《み》つ子《ご》にでも分るような真理を考え出すのに十何年か懸ったそうだ。すべて考え出す時には骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費やしたって車夫の智慧《
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