着ると云うまでの事だろう。西洋人は強いから無理でも馬鹿気ていても真似なければやり切れないのだろう。長いものには捲《ま》かれろ、強いものには折れろ、重いものには圧《お》されろと、そうれろ[#「れろ」に傍点]尽しでは気が利《き》かんではないか。気が利《き》かんでも仕方がないと云うなら勘弁するから、あまり日本人をえらい者と思ってはいけない。学問といえどもその通りだがこれは服装に関係がない事だから以下略とする。
衣服はかくのごとく人間にも大事なものである。人間が衣服か、衣服が人間かと云うくらい重要な条件である。人間の歴史は肉の歴史にあらず、骨の歴史にあらず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申したいくらいだ。だから衣服を着けない人間を見ると人間らしい感じがしない。まるで化物《ばけもの》に邂逅《かいこう》したようだ。化物でも全体が申し合せて化物になれば、いわゆる化物は消えてなくなる訳だから構わんが、それでは人間自身が大《おおい》に困却する事になるばかりだ。その昔《むか》し自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛《ほう》り出した。だからどんな人間でも生れるときは必ず赤裸《あかはだか》で
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