ちえ》には出来過ぎると云わねばなるまい。さあ猿股が出来ると世の中で幅のきくのは車夫ばかりである。あまり車夫が猿股をつけて天下の大道を我物顔に横行|濶歩《かっぽ》するのを憎らしいと思って負けん気の化物が六年間工夫して羽織と云う無用の長物を発明した。すると猿股の勢力は頓《とみ》に衰えて、羽織全盛の時代となった。八百屋、生薬屋《きぐすりや》、呉服屋は皆この大発明家の末流《ばつりゅう》である。猿股期、羽織期の後《あと》に来るのが袴期《はかまき》である。これはA何だ羽織の癖にと癇癪《かんしゃく》を起した化物の考案になったもので、昔の武士今の官員などは皆この種属である。かように化物共がわれもわれもと異《い》を衒《てら》い新《しん》を競《きそ》って、ついには燕《つばめ》の尾にかたどった畸形《きけい》まで出現したが、退いてその由来を案ずると、何も無理矢理に、出鱈目《でたらめ》に、偶然に、漫然に持ち上がった事実では決してない。皆勝ちたい勝ちたいの勇猛心の凝《こ》ってさまざまの新形《しんがた》となったもので、おれは手前じゃないぞと振れてあるく代りに被《かぶ》っているのである。して見るとこの心理からして一大
前へ 次へ
全750ページ中406ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング