前でその男に出っ食わした。伊勢源と云うのは間口が十間で蔵《くら》が五《い》つ戸前《とまえ》あって静岡第一の呉服屋だ。今度行ったら見て来給え。今でも歴然と残っている。立派なうちだ。その番頭が甚兵衛と云ってね。いつでも御袋《おふくろ》が三日前に亡《な》くなりましたと云うような顔をして帳場の所へ控《ひか》えている。甚兵衛君の隣りには初《はつ》さんという二十四五の若い衆《しゅ》が坐っているが、この初さんがまた雲照律師《うんしょうりっし》に帰依《きえ》して三七二十一日の間|蕎麦湯《そばゆ》だけで通したと云うような青い顔をしている。初さんの隣りが長《ちょう》どんでこれは昨日《きのう》火事で焚《や》き出されたかのごとく愁然《しゅうぜん》と算盤《そろばん》に身を凭《もた》している。長どんと併《なら》んで……」「君は呉服屋の話をするのか、人売りの話をするのか」「そうそう人売りの話しをやっていたんだっけ。実はこの伊勢源についてもすこぶる奇譚《きだん》があるんだが、それは割愛《かつあい》して今日は人売りだけにしておこう」「人売りもついでにやめるがいい」「どうしてこれが二十世紀の今日《こんにち》と明治初年頃の
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