ですね」「おい御見せと云ったら、大抵にして見せるがいい」と主人は大《おおい》に急《せ》き込んで細君に食って掛る。「へえ御待遠さま、たんと御覧遊ばせ」と細君が鋏を主人に渡す時に、勝手から御三《おさん》が御客さまの御誂《おあつらえ》が参りましたと、二個の笊蕎麦《ざるそば》を座敷へ持って来る。
「奥さんこれが僕の自弁《じべん》の御馳走ですよ。ちょっと御免蒙って、ここでぱくつく事に致しますから」と叮嚀《ていねい》に御辞儀をする。真面目なような巫山戯《ふざけ》たような動作だから細君も応対に窮したと見えて「さあどうぞ」と軽く返事をしたぎり拝見している。主人はようやく写真から眼を放して「君この暑いのに蕎麦《そば》は毒だぜ」と云った。「なあに大丈夫、好きなものは滅多《めった》に中《あた》るもんじゃない」と蒸籠《せいろ》の蓋《ふた》をとる。「打ち立てはありがたいな。蕎麦《そば》の延びたのと、人間の間《ま》が抜けたのは由来たのもしくないもんだよ」と薬味《やくみ》をツユ[#「ツユ」に傍点]の中へ入れて無茶苦茶に掻《か》き廻わす。「君そんなに山葵《わさび》を入れると辛《か》らいぜ」と主人は心配そうに注意した。
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