「蕎麦はツユ[#「ツユ」に傍点]と山葵で食うもんだあね。君は蕎麦が嫌いなんだろう」「僕は饂飩《うどん》が好きだ」「饂飩は馬子《まご》が食うもんだ。蕎麦の味を解しない人ほど気の毒な事はない」と云いながら杉箸《すぎばし》をむざと突き込んで出来るだけ多くの分量を二寸ばかりの高さにしゃくい上げた。「奥さん蕎麦を食うにもいろいろ流儀がありますがね。初心《しょしん》の者に限って、無暗《むやみ》にツユ[#「ツユ」に傍点]を着けて、そうして口の内でくちゃくちゃやっていますね。あれじゃ蕎麦の味はないですよ。何でも、こう、一《ひ》としゃくいに引っ掛けてね」と云いつつ箸を上げると、長い奴が勢揃《せいぞろ》いをして一尺ばかり空中に釣るし上げられる。迷亭先生もう善かろうと思って下を見ると、まだ十二三本の尾が蒸籠の底を離れないで簀垂《すだ》れの上に纏綿《てんめん》している。「こいつは長いな、どうです奥さん、この長さ加減は」とまた奥さんに相の手を要求する。奥さんは「長いものでございますね」とさも感心したらしい返事をする。「この長い奴へツユ[#「ツユ」に傍点]を三分一《さんぶいち》つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛
前へ
次へ
全750ページ中330ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング