の像を二枚かけと注文するのは、全然似寄らぬマドンナを双幅《そうふく》見せろと逼《せま》ると同じく、ラファエルにとっては迷惑であろう、否同じ物を二枚かく方がかえって困難かも知れぬ。弘法大師に向って昨日《きのう》書いた通りの筆法で空海と願いますと云う方がまるで書体を換《か》えてと注文されるよりも苦しいかも分らん。人間の用うる国語は全然|模傚主義《もこうしゅぎ》で伝習するものである。彼等人間が母から、乳母《うば》から、他人から実用上の言語を習う時には、ただ聞いた通りを繰り返すよりほかに毛頭の野心はないのである。出来るだけの能力で人真似をするのである。かように人真似から成立する国語が十年二十年と立つうち、発音に自然と変化を生じてくるのは、彼等に完全なる模傚《もこう》の能力がないと云う事を証明している。純粋の模傚《もこう》はかくのごとく至難なものである。従って神が彼等人間を区別の出来ぬよう、悉皆《しっかい》焼印の御かめ[#「御かめ」に傍点]のごとく作り得たならばますます神の全能を表明し得るもので、同時に今日《こんにち》のごとく勝手次第な顔を天日《てんぴ》に曝《さ》らさして、目まぐるしきまでに変化
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