斎へ這入《はい》った。それぎり音も沙汰もない。
 吾輩はこの間《ま》に早く主人夫婦を起してやりたいものだとようやく気が付いたが、さてどうしたら起きるやら、一向《いっこう》要領を得ん考のみが頭の中に水車《みずぐるま》の勢で廻転するのみで、何等の分別も出ない。布団《ふとん》の裾《すそ》を啣《くわ》えて振って見たらと思って、二三度やって見たが少しも効用がない。冷たい鼻を頬に擦《す》り付けたらと思って、主人の顔の先へ持って行ったら、主人は眠ったまま、手をうんと延ばして、吾輩の鼻づらを否《い》やと云うほど突き飛ばした。鼻は猫にとっても急所である。痛む事おびただしい。此度《こんど》は仕方がないからにゃーにゃーと二返ばかり鳴いて起こそうとしたが、どう云うものかこの時ばかりは咽喉《のど》に物が痞《つか》えて思うような声が出ない。やっとの思いで渋りながら低い奴を少々出すと驚いた。肝心《かんじん》の主人は覚《さ》める気色《けしき》もないのに突然陰士の足音がし出した。ミチリミチリと椽側を伝《つた》って近づいて来る。いよいよ来たな、こうなってはもう駄目だと諦《あき》らめて、襖《ふすま》と柳行李《やなぎごうり》
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