》ずして御光来になるとすれば迷亭先生や鈴木君ではないに極《きま》っている。御高名だけはかねて承《うけたま》わっている泥棒陰士《どろぼういんし》ではないか知らん。いよいよ陰士とすれば早く尊顔《そんがん》を拝したいものだ。陰士は今や勝手の上に大いなる泥足を上げて二足《ふたあし》ばかり進んだ模様である。三足目と思う頃|揚板《あげいた》に蹶《つまず》いてか、ガタリと夜《よる》に響くような音を立てた。吾輩の背中《せなか》の毛が靴刷毛《くつばけ》で逆に擦《こ》すられたような心持がする。しばらくは足音もしない。細君を見ると未《ま》だ口をあいて太平の空気を夢中に吐呑《とどん》している。主人は赤い本に拇指《おやゆび》を挟《はさ》まれた夢でも見ているのだろう。やがて台所でマチを擦《す》る音が聞える。陰士でも吾輩ほど夜陰に眼は利《き》かぬと見える。勝手がわるくて定めし不都合だろう。
 この時吾輩は蹲踞《うずく》まりながら考えた。陰士は勝手から茶の間の方面へ向けて出現するのであろうか、または左へ折れ玄関を通過して書斎へと抜けるであろうか。――足音は襖《ふすま》の音と共に椽側《えんがわ》へ出た。陰士はいよいよ書
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