く主人に尻を向けた細君はどう云う了見《りょうけん》か、今日の天気に乗じて、尺に余る緑の黒髪を、麩海苔《ふのり》と生卵でゴシゴシ洗濯せられた者と見えて癖のない奴を、見よがしに肩から背へ振りかけて、無言のまま小供の袖なしを熱心に縫っている。実はその洗髪を乾かすために唐縮緬《とうちりめん》の布団《ふとん》と針箱を椽側《えんがわ》へ出して、恭《うやうや》しく主人に尻を向けたのである。あるいは主人の方で尻のある見当《けんとう》へ顔を持って来たのかも知れない。そこで先刻御話しをした煙草《たばこ》の煙りが、豊かに靡《なび》く黒髪の間に流れ流れて、時ならぬ陽炎《かげろう》の燃えるところを主人は余念もなく眺めている。しかしながら煙は固《もと》より一所《いっしょ》に停《とど》まるものではない、その性質として上へ上へと立ち登るのだから主人の眼もこの煙りの髪毛《かみげ》と縺《もつ》れ合う奇観を落ちなく見ようとすれば、是非共眼を動かさなければならない。主人はまず腰の辺から観察を始めて徐々《じょじょ》と背中を伝《つた》って、肩から頸筋《くびすじ》に掛ったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達した時、覚えずあっと驚い
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