今戸焼の狸というな何だい」と迷亭が不思議そうに主人に聞く。「何だか分らん」と主人が答える。「なかなか振《ふる》っていますな」と寒月君が批評を加える。迷亭は何を思い出したか急に立ち上って「吾輩は年来美学上の見地からこの鼻について研究した事がございますから、その一斑《いっぱん》を披瀝《ひれき》して、御両君の清聴を煩《わずら》わしたいと思います」と演舌の真似をやる。主人はあまりの突然にぼんやりして無言のまま迷亭を見ている。寒月は「是非|承《うけたまわ》りたいものです」と小声で云う。「いろいろ調べて見ましたが鼻の起源はどうも確《しか》と分りません。第一の不審は、もしこれを実用上の道具と仮定すれば穴が二つでたくさんである。何もこんなに横風《おうふう》に真中から突き出して見る必用がないのである。ところがどうしてだんだん御覧のごとく斯様《かよう》にせり出して参ったか」と自分の鼻を抓《つま》んで見せる。「あんまりせり出してもおらんじゃないか」と主人は御世辞のないところを云う。「とにかく引っ込んではおりませんからな。ただ二個の孔《あな》が併《なら》んでいる状体と混同なすっては、誤解を生ずるに至るかも計ら
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