おったところへ、俄然《がぜん》外部の圧迫で三十代まで飛びつかなければならなくなったのですから、あたかも天狗《てんぐ》にさらわれた男のように無我夢中で飛びついて行くのです。その経路はほとんど自覚していないくらいのものです。元々開化が甲の波から乙の波へ移るのはすでに甲は飽《あ》いていたたまれないから内部欲求の必要上ずるりと新らしい一波を開展するので甲の波の好所も悪所も酸いも甘いも甞《な》め尽した上にようやく一生面を開いたと云って宜《よろ》しい。したがって従来経験し尽した甲の波には衣を脱いだ蛇《へび》と同様未練もなければ残り惜しい心持もしない。のみならず新たに移った乙の波に揉《も》まれながら毫《ごう》も借り着をして世間体を繕《つくろ》っているという感が起らない。ところが日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流でその波を渡る日本人は西洋人でないのだから、新らしい波が寄せるたびに自分がその中で食客《いそうろう》をして気兼《きがね》をしているような気持になる。新らしい波はとにかく、今しがたようやくの思で脱却した旧《ふる》い波の特質やら真相やらも弁《わきま》えるひまのないうちにもう棄《す》てなけ
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