と分る。実験と云っても機械などは要《い》らない。頭の中がそうなっているのだからただ試《ため》しさえすれば気がつくのです。本を読むにしてもAと云う言葉とBと云う言葉とそれからCという言葉が順々に並んでいればこの三つの言葉を順々に理解して行くのが当り前だからAが明かに頭に映る時はBはまだ意識に上らない。Bが意識の舞台に上り始める時にはもうAの方は薄ぼんやりしてだんだん識域《しきいき》の方に近づいてくる。BからCへ移るときはこれと同じ所作《しょさ》を繰返《くりかえ》すに過ぎないのだから、いくら例を長くしても同じ事であります。これは極《きわ》めて短時間の意識を学者が解剖して吾々に示したものでありますが、この解剖は個人の一分間の意識のみならず、一般社会の集合意識にも、それからまた一日一月もしくは一年|乃至《ないし》十年の間の意識にも応用の利《き》く解剖で、その特色は多人数になったって、長時間に亘《わた》ったって、いっこう変りはない事と私は信じているのであります。例えて見ればあなた方という多人数の団体が今ここで私の講演を聴いておいでになる。聴いていない方もあるかも知れないが、まア聴いているとする。
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