三十秒間の意識にせよその内容が明暸《めいりょう》に心に映ずる点から云えば、のべつ同程度の強さを有して時間の経過に頓着《とんじゃく》なくあたかも一つ所にこびりついたように固定したものではない。必ず動く。動くにつれて明かな点と暗い点ができる。その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配《こうばい》のついた弧線すなわち弓形《ゆみがた》の曲線で示さなければならなくなる。こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人《しろうと》は分らない事を分ったように呑込《のみこ》んだ顔をするものだから非難は五分五分である。今云った弧線とか曲線とかいう事をそっと砕いてお話をすると、物をちょっと見るのにも、見てこれが何であるかと云うことがハッキリ分るには或る時間を要するので、すなわち意識が下の方から一定の時間を経て頂点へ上って来てハッキリして、ああこれだなと思う時がくる。それをなお見つめていると今度は視覚が鈍くなって多少ぼんやりし始めるのだからいったん上の方へ向いた意識の方向がまた下を向いて暗くなりかける。これは実験して御覧になる
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