《もも》千鳥《ちどり》をかくす。庭には黄な花、赤い花、紫の花、紅《くれない》の花――凡《すべ》ての春の花が、凡ての色を尽くして、咲きては乱れ、乱れては散り、散りては咲いて、冬知らぬ空を誰《たれ》に向って誇る。
暖かき草の上に二人が坐って、二人共に青絹を敷いた様な海の面を遙かの下に眺めている。二人共に斑《ふ》入《い》りの大理石の欄干に身を靠《もた》せて、二人共に足を前に投げ出している。二人の頭の上から欄干を斜めに林檎《りんご》の枝が花の蓋《かさ》をさしかける。花が散ると、あるときはクララの髪の毛にとまり、ある時はウィリアムの髪の毛にかかる。又ある時は二人の頭と二人の袖にはらはらと一度にかかる。枝から釣るす籠《かご》の内で鸚鵡《おうむ》が時々けたたましい音《ね》を出す。
「南方の日の露に沈まぬうちに」とウィリアムは熱き唇をクララの唇につける。二人の唇の間に林檎の花の一片《ひとひら》がはさまって濡《ぬ》れたままついている。
「この国の春は長《とこし》えぞ」とクララ窘《たしな》める如くに云う。ウィリアムは嬉しき声に Druerie ! と呼ぶ。クララも同じ様に Druerie ! と云う。籠
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