と見えて、浮ぶ葉は吹き寄せられて、所々にかたまっている。群を離れて散っているのはもとより数え切れぬ。糸の音は三たび響く。滑《なめら》かなる坂を、護謨《ゴム》の輪が緩々《ゆるゆる》練り上る如く、低くきより自然に高き調子に移りてはたとやむ。
 ウィリアムの腰は鞍《くら》を離れた。池の方に眼を向けたまま音ある方《かた》へ徐《おもむ》ろに歩を移す。ぼろぼろと崩るる苔の皮の、厚く柔らかなれば、あるく時も、坐れる時の如く林の中は森《しん》として静かである。足音に我が動くを知るものの、音なければ動く事を忘るるか、ウィリアムは歩むとは思わず只ふらふらと池の汀《みぎわ》まで進み寄る。池幅の少しく逼《せま》りたるに、臥《ふ》す牛を欺く程の岩が向側から半ば岸に沿うて蹲踞《うずくま》れば、ウィリアムと岩との間は僅《わず》か一丈余ならんと思われる。その岩の上に一人の女が、眩《まば》ゆしと見ゆるまでに紅なる衣を着て、知らぬ世の楽器を弾《ひ》くともなしに弾いている。碧《みど》り積む水が肌に沁《し》む寒き色の中に、この女の影を倒《さか》しまに※[#「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1−91−44]《ひた》
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