きわ》めて明《あきら》かな日である。真上から林を照らす光線が、かの丸い黄な無数の葉を一度に洗って、林の中は存外明るい。葉の向きは固《もと》より一様でないから、日を射返す具合も悉く違う。同じ黄ではあるが透明、半透明、濃き、薄き、様々の趣向をそれぞれに凝《こら》している。それが乱れ、雑《まじ》り、重なって苔の上を照らすから、林の中に居るものは琥珀《こはく》の屏《びょう》を繞《めぐ》らして間接に太陽の光りを浴びる心地である。ウィリアムは醒めて苦しく、夢に落付くという容子《ようす》に見える。糸の音《ね》が再び落ちつきかけた耳朶《じだ》に響く。今度は怪しき音の方へ眼をむける。幹をすかして空の見える反対の方角を見ると――西か東か無論わからぬ――爰《ここ》ばかりは木が重なり合《おう》て一畝《ひとせ》程は際立《きわだ》つ薄暗さを地に印する中に池がある。池は大きくはない、出来|損《そこな》いの瓜《うり》の様に狭き幅を木陰に横たえている。これも太古の池で中に湛《たた》えるのは同じく太古の水であろう、寒気がする程青い。いつ散ったものか黄な小さき葉が水の上に浮いている。ここにも天《あめ》が下の風は吹く事がある
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