が膨《ふく》れ、上が尖《と》がって欄干の擬宝珠《ぎぼうしゅ》か、筆の穂の水を含んだ形状をする。枝の悉くは丸い黄な葉を以《もっ》て隙間なきまでに綴られているから、枝の重なる筆の穂[#「筆の穂」に傍点]は色の変る、面長な葡萄の珠で、穂の重なる林の態《さま》は葡萄の房の累々と連なる趣きがある。下より仰げば少しずつは空も青く見らるる。只眼を放つ遙《はる》か向《むこう》の果に、樹の幹が互《たがい》に近づきつ、遠《とおざ》かりつ黒くならぶ間に、澄み渡る秋の空が鏡の如く光るは心行く眺めである。時々鏡の面を羅《うすもの》が過ぎ行|様《さま》まで横から見える。地面は一面の苔《こけ》で秋に入《い》って稍《やや》黄食《きば》んだと思われる所もあり、又は薄茶に枯れかかった辺もあるが、人の踏んだ痕《あと》がないから、黄は黄なり、薄茶は薄茶のまま、苔と云う昔しの姿を存している。ここかしこに歯朶《しだ》の茂りが平かな面を破って幽情を添えるばかりだ。鳥も鳴かぬ風も渡らぬ。寂然《せきぜん》として太古の昔を至る所に描き出しているが、樹の高からぬのと秋の日の射透すので、さほど静かな割合に怖しい感じが少ない。その秋の日は極《
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