したる唐草《からくさ》が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸《ちょっと》見ると只不規則の漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《れんい》が、肌《はだ》に答えぬ程の微風に、数え難き皺《しわ》を寄する如くである。花か蔦《つた》か或《ある》は葉か、所々が劇《はげ》しく光線を反射して余所《よそ》よりも際立《きわだ》ちて視線を襲うのは昔し象嵌《ぞうがん》のあった名残でもあろう。猶内側へ這入《はい》ると延板《のべいた》の平らな地になる。そこは今も猶鏡の如く輝やいて面にあたるものは必ず写す。ウィリアムの顔も写る。ウィリアムの甲の挿毛《さしげ》のふわふわと風に靡《なび》く様も写る。日に向けたら日に燃えて日の影をも写そう。鳥を追えば、こだま[#「こだま」に傍点]さえ交えずに十里を飛ぶ俊鶻《しゅんこつ》の影も写そう。時には壁から卸して磨《みが》くかとウィリアムに問えば否と云う。霊の盾は磨かねども光るとウィリアムは独《ひと》り語《ごと》の様に云う。
盾の真中《まんなか》が五寸ばかりの円を描いて浮き上る。これには怖ろしき夜叉《やしゃ》の顔が隙間《すきま》もなく鋳《い》出《いだ》されている
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