く。日を捨てず夜を捨てず、二六時中繰り返す真理は永劫《えいごう》無極の響きを伝えて剣打つ音を嘲り、弓引く音を笑う。百と云い千と云う人の叫びの、はかなくて憐《あわれ》むべきを罵《ののし》るときかれる。去れど城を守るものも、城を攻むるものも、おのが叫びの纔《わず》かにやんで、この深き響きを不用意に聞き得たるとき耻《は》ずかしと思えるはなし。ウィリアムは盾に凝る血の痕《あと》を見て「汝われをも呪うか」と剣を以て三たび夜叉の面を叩く。ルーファスは「烏なれば闇にも隠れん月照らぬ間に斬《き》って棄よ」と息捲く。シーワルドばかりは額の奥に嵌《は》め込まれたる如き双の眼《まなこ》を放って高く天主を見詰めたるまま一|言《こと》もいわぬ。
 海より吹く風、海へ吹く風と変りて、砕くる浪と浪の間にも新たに天地の響を添える。塔を繞《めぐ》る音、壁にあたる音の次第に募ると思ううち、城の内にて俄《にわ》かに人の騒ぐ気合《けはい》がする。それが漸々《だんだん》烈しくなる。千里の深きより来《きた》る地震の秒を刻み分を刻んで押し寄せるなと心付けばそれが夜鴉の城の真下で破裂したかと思う響がする。――シーワルドの眉《まゆ》は
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