毛虫を撲《う》ちたるが如く反《そ》り返る。――櫓の窓から黒|烟《けむ》りが吹き出す。夜の中に夜よりも黒き烟りがむくむくと吹き出す。狭き出口を争うが為めか、烟の量は見る間に増して前なるは押され、後《あと》なるは押し、並ぶは互に譲るまじとて同時に溢《あふ》れ出《い》ずる様に見える。吹き募る野分《のわき》は真《ま》ともに烟を砕いて、丸く渦を巻いて迸《ほとばし》る鼻を、元の如く窓へ圧し返そうとする。風に喰い留められた渦は一度になだれて空に流れ込む。暫くすると吹き出す烟りの中に火の粉が交じり出す。それが見る間に殖える。殖えた火の粉は烟|諸共《もろとも》風に捲かれて大空に舞い上る。城を蔽う天の一部が櫓を中心として大なる赤き円を描いて、その円は不規則に海の方《かた》へと動いて行く。火の粉を梨地《なしじ》に点じた蒔絵《まきえ》の、瞬時の断間《たえま》もなく或《あるい》は消え或は輝きて、動いて行く円の内部は一点として活きて動かぬ箇所はない。――「占めた」とシーワルドは手を拍《う》って雀躍《こおどり》する。
黒烟りを吐き出して、吐き尽したる後は、太き火※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《
前へ
次へ
全55ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング