ウィリアムとシーワルドがはたと行き逢う。「生きておるか」とシーワルドが剣で招けば、「死ぬところじゃ」とウィリアムが高く盾を翳す。右に峙《そばだ》つ丸櫓の上より飛び来る矢が戞《かつ》と夜叉の額を掠《かす》めてウィリアムの足の下へ落つる。この時崩れかかる人浪は忽《たちま》ち二人の間を遮《さえぎ》って、鉢金を蔽《おお》う白毛の靡きさえ、暫《しばら》くの間に、旋《めぐ》る渦の中に捲き込まれて見えなくなる。戦は午《ご》を過ぐる二た時余りに起って、五時と六時の間にも未《ま》だ方《かた》付かぬ。一度びは猛《たけ》き心に天主をも屠《ほふ》る勢であった寄手の、何にひるんでか蒼然《そうぜん》たる夜の色と共に城門の外へなだれながら吐き出される。搏《う》つ音の絶えたるは一|時《じ》の間か。暫らくは鳴りも静まる。
日は暮れ果てて黒き夜の一|寸《すん》の隙間なく人馬を蔽う中に、砕くる波の音が忽ち高く聞える。忽ち聞えるは始めて海の鳴るにあらず、吾が鳴りの暫らく已《や》んで空しき心の迎えたるに過ぎぬ。この浪の音は何里の沖に萌《きざ》してこの磯の遠きに崩るるか、思えば古き響きである。時の幾代を揺がして知られぬ未来に響
前へ
次へ
全55ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング