アーチの暗き上より、石に響く扉を下して、刎橋《はねばし》を鉄鎖に引けば人の踰《こ》えぬ濠《ほり》である。
 濠を渡せば門も破ろう、門を破れば天主も抜こう、志ある方に道あり、道ある方に向えとルーファスは打ち壊したる扉の隙より、黒金につつめる狼《おおかみ》の顔を会釈もなく突き出す。あとに続けと一人が従えば、尻を追えと又一人が進む。一人二人の後は只我先にと乱れ入る。むくむくと湧く清水に、こまかき砂の浮き上りて一度に漾《ただよ》う如く見ゆる。壁の上よりは、ありとある弓を伏せて蝟《い》の如く寄手の鼻頭《はなさき》に、鉤《かぎ》と曲る鏃《やじり》を集める。空を行く長き箭《や》の、一矢毎に鳴りを起せば数千の鳴りは一と塊りとなって、地上に蠢《うごめ》く黒影の響に和して、時ならぬ物音に、沖の鴎を驚かす。狂えるは鳥のみならず。秋の夕日を受けつ潜《くぐ》りつ、甲《かぶと》の浪|鎧《よろい》の浪が寄せては崩れ、崩れては退《ひ》く。退くときは壁の上櫓の上より、傾く日を海の底へ震い落す程の鬨《とき》を作る。寄するときは甲の浪、鎧の浪の中より、吹き捲くる大風の息の根を一時にとめるべき声を起す。退く浪と寄する浪の間に
前へ 次へ
全55ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング