は、埠頭《ふとう》を洗う浪を食って、胴の高い船が心細く揺れている。魔に襲われて夢安からぬ有様である。左右に低き帆柱を控えて、中に高き一本の真上には――「白だッ」とウィリアムは口の中で言いながら前歯で唇を噛《か》む。折柄《おりから》戦の声は夜鴉の城を撼《ゆる》がして、淋しき海の上に響く。
 城壁の高さは四《よ》丈、丸櫓《まるやぐら》の高さはこれを倍して、所々に壁を突き抜いて立つ。天の柱が落ちてその真中に刺された如く見ゆるは本丸であろう。高さ十九丈壁の厚《あつさ》は三丈四尺、これを四階に分って、最上の一層にのみ窓を穿《うが》つ。真上より真下に降《くだ》る井戸の如き道ありて、所謂《いわゆる》ダンジョンは尤《もっと》も低く尤も暗き所に地獄と壁一重を隔てて設けらるる。本丸の左右に懸け離れたる二つの櫓は本丸の二階から家根付の橋を渡して出入《しゅつにゅう》の便りを計る。櫓を環《めぐ》る三々五々の建物には厩《うまや》もある。兵士の住居《すまい》もある。乱を避くる領内の細民が隠るる場所もある。後ろは切岸《きりぎし》に海の鳴る音を聞き、砕くる浪の花の上に舞い下りては舞い上る鴎《かもめ》を見る。前は牛を呑む
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