たる手を翻がえす間と思われ、四日目から三日目に進むは翻がえす手を故《もと》に還《かえ》す間と見えて、三日、二日より愈戦の日を迎えたるときは、手さえ動かすひまなきに襲い来る如く感ぜられた。「飛ばせ」とシーワルドはウィリアムを顧みて云う。並ぶ轡《くつわ》の間から鼻嵐が立って、二つの甲が、月下に躍《おど》る細鱗《さいりん》の如く秋の日を射返す。「飛ばせ」とシーワルドが踵《かかと》を半ば馬の太腹に蹴込む。二人の頭《かしら》の上に長く挿《さ》したる真白な毛が烈《はげ》しく風を受けて、振り落さるるまでに靡《なび》く。夜鴉の城壁を斜めに見て、小高き丘に飛ばせたるシーワルドが右手《めて》を翳《かざ》して港の方《かた》を望む。「帆柱に掲げた旗は赤か白か」と後《おく》れたるウィリアムは叫ぶ。「白か赤か、赤か白か」と続け様に叫ぶ。鞍壺《くらつぼ》に延び上ったるシーワルドは体《たい》をおろすと等しく馬を向け直して一散に城門の方へ飛ばす。「続け、続け」とウィリアムを呼ぶ。「赤か、白か」とウィリアムは叫ぶ。「阿呆《あほう》、丘へ飛ばすより壕《ほり》の中へ飛ばせ」とシーワルドはひたすらに城門の方へ飛ばす。港の入口に
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