ちぶところ》へ収めるのをつい忘れた。ウィリアムは身を伸《の》したまま口籠《くちごも》る。
「鴉に交る白い鳩を救う気はないか」と再び叢中《そうちゅう》に蛇を打つ。
「今から七日《なぬか》過ぎた後《あと》なら……」と叢中の蛇は不意を打れて已《やむ》を得ず首を擡《もた》げかかる。
「鴉を殺して鳩だけ生かそうと云う注文か……それは少し無理じゃ。然し出来ぬ事もあるまい。南から来て南へ帰る船がある。待てよ」と指を折る。「そうじゃ六日目の晩には間に合うだろう。城の東の船付場へ廻して、あの金色の髪の主を乗せよう。不断は帆柱の先に白い小旗を揚げるが、女が乗ったら赤に易《か》えさせよう。軍《いく》さは七日目の午過からじゃ、城を囲めば港が見える。柱の上に赤が見えたら天下太平……」
「白が見えたら……」とウィリアムは幻影の盾を睨《にら》む。夜叉《やしゃ》の髪の毛は動きもせぬ、鳴りもせぬ。クララかと思う顔が一寸見えて又もとの夜叉に返る。
「まあ、よいわ、どうにかなる心配するな。それよりは南の国の面白い話でもしょう」とシワルドは渋色の髭《ひげ》を無雑作に掻《か》いて、若き人を慰める為か話頭を転ずる。
「海一つ向《
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