むこう》へ渡ると日の目が多い、暖かじゃ。それに酒が甘くて金が落ちている。土一升に金一升……うそじゃ無い、本間《ほんま》の話じゃ。手を振るのは聞きとも無いと云うのか。もう落付いて一所に話す折もあるまい。シワルドの名残の談義だと思うて聞いてくれ。そう滅入《めい》らんでもの事よ」宵に浴びた酒の気《き》がまだ醒《さ》めぬのかゲーと臭いのをウィリアムの顔に吹きかける。「いやこれは御無礼……何を話す積りであった。おおそれだ、その酒の湧《わ》く、金の土に交る海の向での」とシワルドはウィリアムを覗《のぞ》き込む。
「主《ぬし》が女に可愛《かあい》がられたと云うのか」
「ワハハハ女にも数多《あまた》近付はあるが、それじゃない。ボーシイルの会を見たと云う事よ」
「ボーシイルの会?」
「知らぬか。薄黒い島国に住んでいては、知らぬも道理じゃ。プロヴォンサルの伯とツールースの伯の和睦の会はあちらで誰れも知らぬものはないぞよ」
「ふむそれが?」とウィリアムは浮かぬ顔である。
「馬は銀の沓《くつ》をはく、狗《いぬ》は珠の首輪をつける……」
「金の林檎《りんご》を食う、月の露を湯に浴びる……」と平かならぬ人のならい、
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