刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォーとウィリアムは小声に云う。「巨人は云う、老牛の夕陽に吼《ほ》ゆるが如き声にて云う。幻影の盾を南方の豎子《じゅし》に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳《かざ》してその所以《ゆえん》を問うに黙して答えず。強《し》いて聞くとき、彼両手を揚げて北の空を指《ゆびさ》して曰《いわ》く。ワルハラの国オジンの座に近く、火に溶けぬ黒鉄《くろがね》を、氷の如き白炎に鋳たるが幻影の盾なり。……」この時戸口に近く、石よりも堅き廊下の床を踏みならす音がする。ウィリアムは又|起《た》って扉に耳を付けて聴く。足音は部屋の前を通り越して、次第に遠ざかる下から、壁の射返す響のみが朗らかに聞える。何者か暗窖《あんこう》の中へ降りていったのであろう。「この盾何の奇特《きどく》かあると巨人に問えば曰く。盾に願え、願《ねご》うて聴かれざるなし只その身を亡ぼす事あり。人に語るな語るとき盾の霊去る。……汝盾を執って戦に臨めば四囲の鬼神汝を呪うことあり。呪われて後|蓋天《がいてん》蓋地の大歓喜に逢うべし。只盾を伝え受くるものにこの秘密を許すと。南国の人この不祥の具を愛せずと盾を
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