を入れて胸の隠しの裏《うち》から何か書付の様なものを攫《つか》み出す。室の戸口まで行って横にさした鉄の棒の抜けはせぬかと振り動かして見る。締《しまり》は大丈夫である。ウィリアムは丸机に倚《よ》って取り出した書付を徐《おもむ》ろに開く。紙か羊皮か慥《たし》かには見えぬが色合の古び具合から推すと昨今の物ではない。風なきに紙の表てが動くのは紙が己《おの》れと動くのか、持つ手の動くのか。書付の始めには「幻影の盾の由来」とかいてある。すれたものか文字のあとが微かに残っているばかりである。「汝《なんじ》が祖ウィリアムはこの盾を北の国の巨人に得たり。……」ここにウィリアムとあるはわが四世の祖だとウィリアムが独り言う。「黒雲の地を渡る日なり。北の国の巨人は雲の内より振り落されたる鬼の如くに寄せ来る。拳《こぶし》の如き瘤《こぶ》のつきたる鉄棒を片手に振り翳《かざ》して骨も摧《くだ》けよと打てば馬も倒れ人も倒れて、地を行く雲に血潮を含んで、鳴る風に火花をも見る。人を斬るの戦にあらず、脳を砕き胴を潰《つぶ》して、人という形を滅せざれば已まざる烈《はげ》しき戦なり。……」ウィリアムは猛《たけ》き者共よと眉をひ
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