と盃を眉のあたりに上げて隼《はやぶさ》の如く床の上に投げ下《くだ》す。一座の大衆はフラーと叫んで血の如き酒を啜《すす》る。ウィリアムもフラーと叫んで血の如き酒を啜る。シワルドもフラーと叫んで血の如き酒を啜りながら尻目にウィリアムを見る。ウィリアムは独り立って吾|室《へや》に帰りて、人の入らぬ様に内側から締りをした。
盾だ愈盾だとウィリアムは叫びながら室の中をあちらこちらと歩む。盾は依然として壁に懸っている。ゴーゴン・メジューサとも較ぶべき顔は例に由《よ》って天地人を合せて呪い、過去|現世《げんぜ》未来に渉《わた》って呪い、近寄るもの、触るるものは無論、目に入らぬ草も木も呪い悉《つく》さでは已まぬ気色《けしき》である。愈この盾を使わねばならぬかとウィリアムは盾の下にとまって壁間を仰ぐ。室の戸を叩く音のする様な気合《けはい》がする。耳を峙《そばだ》てて聞くと何の音でもない。ウィリアムは又|内懐《うちぶところ》からクララの髪毛《かみげ》を出す。掌《たなごごろ》に乗せて眺めるかと思うと今度はそれを叮嚀《ていねい》に、室の隅に片寄せてある三本脚の丸いテーブルの上に置いた。ウィリアムは又内懐へ手
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