《しわ》って馬と馬の鼻頭《はなづら》が合うとき、鞍壺《くらつぼ》にたまらず落ちたが最後無難にこの関を踰《こ》ゆる事は出来ぬ。鎧《よろい》、甲《かぶと》、馬|諸共《もろとも》に召し上げらるる。路を扼する侍は武士の名を藉《か》る山賊の様なものである。期限は三十日、傍《かたえ》の木立に吾旗を翻えし、喇叭《らっぱ》を吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日《あす》も待ち明後日《あさって》も待つ。五六三十日の期が満つるまでは必ず待つ。時には我意中の美人と共に待つ事もある。通り掛りの上臈《じょうろう》は吾を護《まも》る侍の鎧の袖《そで》に隠れて関を抜ける。守護の侍は必ず路を扼する武士と槍を交える。交えねば自身は無論の事、二世《にせ》かけて誓える女性《にょしょう》をすら通す事は出来ぬ。千四百四十九年にバーガンデの私生子[#「私生子」に傍点]と称する豪のものがラ・ベル・ジャルダンと云える路を首尾よく三十日間守り終《おお》せたるは今に人の口碑に存する逸話である。三十日の間私生子[#「私生子」に傍点]と起居を共にせる美人は只「清き巡礼の子」という名にその本名を知る事が出来ぬのは遺憾《いかん》である。……盾の話
前へ
次へ
全55ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング