ィリアムは怒って夜鴉の城へはもう来ぬと云ったらクララは泣き出して堪忍《かんにん》してくれと謝した事がある。……二人して城の庭へ出て花を摘んだ事もある。赤い花、黄な花、紫の花――花の名は覚えておらん――色々の花でクララの頭と胸と袖を飾ってクイーンだクイーンだとその前に跪《ひざま》ずいたら、槍を持たない者はナイトでないとクララが笑った。……今は槍もある、ナイトでもある、然しクララの前に跪く機会はもうあるまい。ある時は野へ出て蒲公英《たんぽぽ》の蕊《しべ》を吹きくらをした。花が散ってあとに残る、むく毛を束《つか》ねた様に透明な球をとってふっと吹く。残った種の数でうらないをする。思う事が成るかならぬかと云いながらクララが一吹きふくと種の数が一つ足りないので思う事が成らぬと云う辻《つじ》うらであった。するとクララは急に元気がなくなって俯向《うつむ》いてしまった。何を思って吹いたのかと尋ねたら何でもいいと何時になく邪慳《じゃけん》な返事をした。その日は碌々《ろくろく》口もきかないで塞《ふさ》ぎ込んでいた。……春の野にありとあらゆる蒲公英をむしって息の続づかぬまで吹き飛ばしても思う様な辻占は出ぬ筈だ
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