《まなこ》に聚《あつ》まってくる。あの空とあの雲の間が海で、浪の噛《か》む切立《きった》ち岩の上に巨巌《きょがん》を刻んで地から生えた様なのが夜鴉の城であると、ウィリアムは見えぬ所を想像で描き出す。若《も》しその薄黒く潮風に吹き曝《さら》された角窓の裏《うち》に一人物を画き足したなら死竜《しりょう》は忽《たちま》ち活《い》きて天に騰《のぼ》るのである。天晴《てんせい》に比すべきものは何人《なんびと》であろう、ウィリアムは聞かんでも能《よ》く知っている。
 目の廻る程急がしい用意の為めに、昼の間はそれとなく気が散って浮き立つ事もあるが、初夜過ぎに吾が室に帰って、冷たい臥床《ふしど》の上に六尺一寸の長躯《ちょうく》を投げる時は考え出す。初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった。只髪の毛は今の様に金色であった……ウィリアムは又|内懐《うちぶところ》からクララの髪の毛を出して眺める。クララはウィリアムを黒い眼の子、黒い眼の子と云ってからかった。クララの説によると黒い眼の子は意地が悪い、人がよくない、猶太《ユダヤ》人かジプシイでなければ黒い眼色のものはない。ウ
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