とウィリアムは怒る如くに云う。然しまだ盾と云う頼みがあるからと打消すように添える。……これは互に成人してからの事である。夏を彩《いろ》どる薔薇《ばら》の茂みに二人座をしめて瑠璃《るり》に似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。騎士の恋には四期があると云う事をクララに教えたのはその時だとウィリアムは当時の光景を一度に目の前に浮べる。「第一を躊躇《ちゅうちょ》の時期と名づける、これは女の方でこの恋を斥《しりぞ》けようか、受けようかと思い煩《わずら》う間の名である」といいながらクララの方を見た時に、クララは俯向《うつむ》いて、頬のあたりに微《かす》かなる笑《えみ》を漏《もら》した。「この時期の間には男の方では一言も恋をほのめかすことを許されぬ。只眼にあまる情けと、息に漏るる嘆きとにより、昼は女の傍《かた》えを、夜は女の住居《すまい》の辺りを去らぬ誠によりて、我意中を悟れかしと物言わぬうちに示す」クララはこの時池の向うに据えてある大理石の像を余念なく見ていた。「第二を祈念の時期と云う。男、女の前に伏して懇《ねんご》ろに我が恋|叶《かな》えたまえと願う」クララは顔を背《そむ》けて紅《くれ
前へ 次へ
全55ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング