》負いて斃《たお》れんとする父とたよりなき吾《われ》とを、敵の中より救いたるルーファスの一家《いっけ》に事ありと云う日に、膝《ひざ》を組んで動かぬのはウィリアムの猶好まぬところである。封建の代のならい、主と呼び従と名乗る身の危きに赴《おもむ》かで、人に卑怯《ひきょう》と嘲《あざ》けらるるは彼の尤《もっと》も好まぬところである。甲《かぶと》も着よう、鎧《よろい》も繕おう、槍も磨こう、すわという時は真先に行こう……然しクララはどうなるだろう。負ければ打死をする。クララには逢えぬ。勝てばクララが死ぬかも知れぬ。ウィリアムは覚えず空に向って十字を切る。今の内姿を窶《やつ》して、クララと落ち延びて北の方《かた》へでも行こうか。落ちた後で朋輩《ほうばい》が何というだろう。ルーファスが人でなしと云うだろう。内懐《うちぶところ》からクララのくれた一束ねの髪の毛を出して見る。長い薄色の毛が、麻を砧《きぬた》で打って柔かにした様にゆるくうねってウィリアムの手から下がる。ウィリアムは髪を見詰めていた視線を茫然《ぼうぜん》とわきへそらす。それが器械的に壁の上へ落ちる。壁の上にかけてある盾の真中で優しいクララの
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