まず、未明より薄暮まで働き得る男である。年は二十六歳。それで戦《いくさ》が出来ぬであろうか。それで戦が出来ぬ位なら武士の家に生れて来ぬがよい。ウィリアム自身もそう思っている。ウィリアムは幻影《まぼろし》の盾を翳《かざ》して戦う機会があれば……と思っている。
白城の城主狼のルーファス[#「ルーファス」に傍点]と夜鴉の城主とは二十年来の好《よし》みで家の子|郎党《ろうどう》の末に至るまで互《たがい》に往き来せぬは稀《まれ》な位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年《こぞ》の春の初からである。源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの口論からと唱え、又は夜鴉の城主の愛女クララの身の上に係る衝突に本づくとも言触らす。過ぐる日の饗筵《きょうえん》に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩《ゆる》む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高《こわだか》に罵《ののし》る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼《おおかみ》の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛《なげう》って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の、斑《まだ》らに床を染めて飽きたらず、摧《く
前へ
次へ
全55ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング