坊さ」
「いよいよ本当の立ん坊か」
「うん、どうせ家を襲《つ》いだって立ん坊、襲がなくったって立ん坊なんだからいっこう構わない」
「しかしそりゃ、いかん。第一|叔母《おば》さんが困るだろう」
「母がか」
甲野さんは妙な顔をして宗近君を見た。
疑がえば己《おのれ》にさえ欺《あざ》むかれる。まして己以外の人間の、利害の衢《ちまた》に、損失の塵除《ちりよけ》と被《かぶ》る、面《つら》の厚さは、容易には度《はか》られぬ。親しき友の、わが母を、そうと評するのは、面の内側で評するのか、または外側でのみ云う了見《りょうけん》か。己にさえ、己を欺く魔の、どこにか潜《ひそ》んでいるような気持は免かれぬものを、無二の友達とは云え、父方の縁続きとは云え、迂濶《うかつ》には天機を洩《も》らしがたい。宗近の言《こと》は継母に対するわが心の底を見んための鎌《かま》か。見た上でも元の宗近ならばそれまでであるが、鎌を懸《か》けるほどの男ならば、思う通りを引き出した後《あと》で、どう引っ繰り返らぬとも保証は出来ん。宗近の言は真率《しんそつ》なる彼の、裏表の見界《みさかい》なく、母の口占《くちうら》を一図《いちず》に
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