虞美人草
夏目漱石

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)元来《がんらい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)中途|半端《はんぱ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「條の木に代えて栩のつくり」、第3水準1−90−31]

 [#…]:返り点
 (例)|入[#レ]道《みちにいる》無言客《むごんのかく》。
−−

        一

「随分遠いね。元来《がんらい》どこから登るのだ」
と一人《ひとり》が手巾《ハンケチ》で額《ひたい》を拭きながら立ち留《どま》った。
「どこか己《おれ》にも判然せんがね。どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから」
と顔も体躯《からだ》も四角に出来上った男が無雑作《むぞうさ》に答えた。
 反《そり》を打った中折れの茶の廂《ひさし》の下から、深き眉《まゆ》を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫《かすか》なる春の空の、底までも藍《あい》を漂わして、吹けば揺《うご》くかと怪しまるるほど柔らか
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